夢を見る時

最近、ようやく、『夢を見る』ようになった。
人は眠る時に夢を見るもので、見る、見ない、の違いは
起きた時にそれを覚えているか、
覚えていないか、なのだけど。

肉体が休んでいる時に、魂はあちらの世界と交信しているらしい。

夢をしばらく見なかったのは、現実の世界にあまりにもいそがしかったせい。

と、言うと、現実主義者のように聞こえると思うのだけど、
実際は、直感を信じて生きるのに背き、マテリアルワールドに保護を求めて過ごしていた、それはむしろ、私にとっての『現実逃避』だった。

どういうことだろう。

3年前、私はある有名な霊能力を持った方にみていただいた。
今日、予約を入れたとしても、一年後の予定になってしまうほど、
簡単には見ていただくことはできない方だ。
当時、半年ぐらい待ったと思う。

楽しみにして出かけたものの、言われたのは、

『会社員は向いてないから、やめて好きなことをしなさい。』

と言うものだった。

にわかには信じがたい。

仕事をやめて、これ、と言ってやりたいものがなかった私は、

『やめて何をしたらいいんでしょう?』
と聞いてみると、

『自分がやりたいと思うことをやればいいんですよ。』

『えっと、仕事は?どうやって食べていくんでしょうか?』

『派遣でも何でもあるでしょう。』

と。

決心するには心もとない。

思いついて、

『じゃぁ、ロンドンで蕎麦屋というのはどうでしょう?』

と適当なことを言ってみると
彼は、目をつむり、瞑想をして、そのことについてあちらからの声を聞いている様子。

『カジュアルなのね。だったら、いいでしょう。流行ると思います。』

なんと、

素敵。

でも簡単には実行できない。

あれから三年経ってしまった。

会社も辞めてなければ、蕎麦屋になる修行もしていない。

どこか後ろめたい気がするのは、
パラレルワールドで笑っている自分の存在に気づいているから。

それが、私の『現実逃避』。

でも、今の仕事を経て、一つ今の会社でも貴重な経験を積めたことは事実。

寄り道しても、目的地にちゃんとたどりつけますように、と思わずにはいられない。

この夏、グラストンベリーに行って、何かが吹っ切れた。
変われる気がする。

今の私は、何かに『期待している』状態。
だから、少しでもヒントを得ようと、文字どおり、『夢を見る』のだ。

若冲動植綵絵 梅花小禽図 伊藤若冲

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